会社を辞めて開業するとき、失業手当と再就職手当はどうなる?開業届との関係を整理
結論から言うと、開業届を出しただけで、失業手当が自動的に止まるわけではありません。判断の中心は、「再就職する意思があり、求職活動をしているか」という実態です。一方で、自営の準備に専念している人は、そもそも受給の対象になりにくく、受給中に自営に専念し始めれば、その日から支給は止まります。
この記事では、独立を考える会社員が迷いやすい点を、①失業手当と開業の関係、②再就職手当の条件、③受給期間の特例、④手続きの順番の4つに分けて整理します。運用には幅があるため、最終的な判断は必ずハローワークで確認してください。
まず前提:フリーランスには失業手当がない
失業手当(正式には雇用保険の基本手当)は、会社員として雇用保険に加入していた人が、仕事を失ったときに受け取れる給付です。個人事業主やフリーランスは雇用保険に加入できないので、独立した後に仕事がなくなっても、失業手当は出ません。収入が止まったときの備えは、貯金や共済、民間の保険で自分で作ることになります。備えの考え方は、収入ゼロで何か月もつか計算ツールで確認できます。
つまり、失業手当が関係するのは、「会社を辞めてから独立するまでの間」と「辞めた後に求職活動をしながら、開業の準備をする間」だけです。この期間の扱いを間違えると、受け取れるはずの手当を逃したり、逆に不正受給と判断されたりします。
開業届を出すと、失業手当はどうなるか
「開業届を出したら、失業手当はもらえなくなる」と言われることがありますが、一律にそうなるわけではありません。実務では、次のように整理されています。
- 再就職の意思があり、求職活動を続けている:開業届を出していても、受給できる場合があります。
- 自営の準備に専念している:労働の意思がないと判断され、受給は原則としてできません。
- 受給中に開業した:その後も再就職を目指して求職活動を続けるなら、受給を続けられます。自営に専念するなら、専念し始めた日の前日分までが支給され、それ以降は停止します。
ポイントは、届出の有無ではなく実態で判断されることです。開業届を出した事実は、ハローワークに申告する必要があります。隠したまま受給を続けると、後で不正受給と判断されるおそれがあります。
「働いた日」の申告に注意
受給中は、失業認定のたびに、その期間に働いた日を申告します。自営の仕事で収入を得た日も対象です。扱いは、おおまかに次のとおりと説明されています。
- 1日4時間以上の仕事:就職または就労として申告する
- 1日4時間未満の仕事:内職または手伝いとして申告する
どちらに当たるか、そして手当がどう調整されるかは、働いた時間や収入によって変わります。迷うときは、自己判断せずにハローワークで確認してください。
再就職手当:自営で独立しても対象になる場合がある
再就職手当は、失業手当の受給資格がある人が、所定給付日数を残して早く就職したときに支給される一時金です。条件を満たせば、会社への再就職だけでなく、自分で事業を始めた場合も対象になります。説明されている主な条件は次のとおりです。
- 支給残日数が、所定給付日数の3分の1以上あること
- 待期期間の満了後に、事業を開始すること
- 給付制限がある場合は、その最初の1か月が過ぎた後に開始すること
- 事業によって自立できると認められること(事業の実態があること)
- 就職日の前3年以内に、再就職手当などを受けていないこと
支給額の目安
支給額は、基本手当日額 × 支給残日数 × 給付率です。給付率は、所定給付日数の3分の2以上を残して開業すると70%、3分の1以上なら60%と説明されています。基本手当日額には年齢別の上限があります。
例を2つ挙げます。数字は計算の見本で、実際の額ではありません。
- 基本手当日額5,000円、所定給付日数90日、支給残日数60日(3分の2):5,000円 × 60日 × 70% = 210,000円
- 基本手当日額5,000円、所定給付日数90日、支給残日数40日(3分の1以上3分の2未満):5,000円 × 40日 × 60% = 120,000円
早く開業するほど支給残日数が多くなり、給付率も上がります。ただし、準備不足のまま急いで開業しても、収入が安定しなければ意味がありません。手当の額だけで開業の時期を決めないでください。
申請の期限
再就職手当の申請は、自営を始めた日の翌日から1か月以内と説明されています。期限を過ぎても受理される場合があるとする資料もありますが、期限内に申請するのが基本です。
事業の実態を示す書類
「事業によって自立できる」と認められるには、事業の実態を示す資料が必要になります。たとえば、開業届の写し、業務委託契約書、事務所の賃貸借契約書、営業に必要な許可証などです。開業届は、開業届の記入例ジェネレーターで記入の下書きを作れます。控えは、紛失しないように保管してください。
受給期間の特例:開業しても、後で手当を使える場合がある
失業手当には、原則として離職の翌日から1年間という受給期間があります。事業を始めると、この期間が過ぎて、手当を受け取れなくなることがあります。これを防ぐために、事業を開始した人の受給期間の特例があります。厚生労働省のリーフレットでは、次のように説明されています。
- 2022年7月1日以降に事業を開始した(または事業に専念し始めた)場合が対象
- 事業を行っている期間などを、最大3年間、受給期間に算入しないことができる
- 事業の実施期間が30日以上であることなどが要件
- 事業を休業・廃業した後に、基本手当を受給できる可能性がある
申請の期限は、事業開始等の日の翌日から2か月以内です。提出先は、住所を管轄するハローワークで、本人が持参するか郵送します。必要な書類は、受給期間延長等申請書、離職票(受給資格が決まっていれば受給資格者証)、事業開始の事実と開始日を確認できる書類(開業届の写し、登記事項証明書、事業許可証など)です。
「とりあえず開業してみて、うまくいかなければ会社員に戻る」という選択をする人にとって、この特例は保険になります。ただし、2か月という期限は短いので、開業の予定が決まったら、早めにハローワークに相談してください。
手続きの順番:開業前後の動き方
- 辞める前に、自分の状況を整理する:雇用保険の加入期間、離職理由、退職日を確認します。受給資格や給付日数は、これらで決まります。
- 離職票を受け取り、ハローワークで求職の申込みをする:受給資格の決定を受けます。
- 開業を考えているなら、早めに相談する:開業届を出す時期、事業内容、週の稼働時間、収入の見込み、求職活動の状況を伝えます。
- 待期期間・給付制限の扱いを確認する:再就職手当の条件に、待期の満了や給付制限の経過が関わります。
- 開業日を決め、開業届と青色申告承認申請書を出す:税務署に出す書類です。青色申告承認申請書は、開業日から2か月以内が目安です。
- ハローワークに申告する:再就職手当の申請(自営開始日の翌日から1か月以内)、受給期間の特例の申請(2か月以内)を、状況に応じて行います。
税務署への届出とハローワークへの手続きは、別々の窓口で別々の期限があります。カレンダーに書き出しておくと、抜けを防げます。期限の管理には、税金・申告カレンダーが使えます。
やってはいけないこと
- 自営の収入や開業の事実を申告しない:不正受給と判断されると、受け取った分の返還に加えて、最大で返還額の2倍までの納付が命じられるおそれがあります。
- 求職活動をしていないのに、している体裁にする:実態と違う申告は、不正の対象になります。
- 開業届を出さずに、事業を続ける:開業届の提出自体は義務の場合と任意の場合がありますが、事業を始めた事実を隠す理由にはなりません。ハローワークには、事実を正直に伝えてください。
独立後の備えは、自分で作る
失業手当や再就職手当は、独立の最初の一歩を助ける制度です。独立した後の生活を支える仕組みではありません。独立後に収入が途切れたときの備えとして、次のようなものがあります。
- 生活防衛資金:収入が止まっても生活できる月数の貯金。収入ゼロで何か月もつか計算ツールで目標額を確認できます。
- 税金・社会保険料の見通し:会社員時代と違い、国民健康保険・国民年金・住民税・所得税を自分で払います。手取り計算ツールで確認してください。
- 共済・個人年金:小規模企業共済や倒産防止共済などは、掛金が所得控除になる仕組みです。共済・iDeCo節税シミュレーターで試算できます。
ケース別:自分はどれに近いか
ケース1:辞めてすぐ、フリーランスとして始める
退職後すぐに自営に専念するなら、失業手当は基本的に受け取れません。「就職先を探している」という前提に合わないためです。ただし、事業を始めた人向けの受給期間の特例は、事業を続けた後に廃業したときの保険になります。始める前に、ハローワークで特例の対象かどうかを確認しておくと安心です。
ケース2:失業手当を受けながら、開業の準備を進める
準備を進めること自体は問題になりませんが、準備に専念していると判断されると、受給できなくなることがあります。求職活動の実績を残しながら、準備は空いた時間で進めるなど、実態と申告を一致させてください。準備の進め方や、開業のタイミングは、早めにハローワークの担当者に相談するのが安全です。
ケース3:受給の途中で、自営を本格的に始める
自営に専念し始める日が、実質的な区切りになります。その前日までは支給の対象で、以降は停止します。支給残日数が十分に残っていて、事業の実態もあるなら、再就職手当の対象になる場合があります。専念し始める日の前に、ハローワークに申し出て、書類の案内を受けてください。
ケース4:会社員のまま、副業から始める
会社に在籍している間は、失業手当は関係ありません。副業として始め、軌道に乗ってから退職するなら、この記事の対象になるのは退職後の手続きです。副業の段階で開業届を出すかどうかは、所得の種類や会社の就業規則とあわせて考えます。副業の確定申告は副業の確定申告の記事をご覧ください。
よくある勘違い
- 「開業届を出したらもらえなくなる」:届出の有無ではなく、再就職の意思と求職活動の実態で判断されます。
- 「開業届を出さなければバレない」:事業を始めた事実や収入は、申告の義務があります。隠した場合の不利益は、不正受給の返還と加算です。
- 「再就職手当は会社に就職した人だけの制度」:事業の実態などの条件を満たせば、自営で独立した場合も対象になることがあります。
- 「手当をもらい終わってから開業すれば得」:手当を満額受け取る間は、再就職手当の対象外になります。どちらが有利かは、日数や額で変わるため、一律には言えません。
相談先
手続きの窓口は、住所を管轄するハローワークです。開業の予定、これまでの働き方、求職活動の状況を整理して、窓口で伝えてください。税務署への届出や、国民健康保険・国民年金への切り替えは、別の窓口になります。市区町村の役所で、国民健康保険と国民年金の手続きを同時に確認しておくと、抜けがありません。
退職後に必要になる、ほかの手続き
会社を辞めると、健康保険と年金の加入先も変わります。失業手当や開業の手続きに気を取られて、ここが抜けやすいので、あわせて確認してください。
- 健康保険:国民健康保険に入る、会社の健康保険を任意で続ける(任意継続)、家族の扶養に入る、のどれかを選びます。保険料は、前年の所得や家族構成で大きく変わります。それぞれの金額を比べてから決めるのが原則です。
- 年金:会社員の厚生年金から、国民年金(第1号)に変わります。令和8年度の国民年金保険料は月17,920円です。付加保険料や国民年金基金、iDeCoで上乗せする方法もあります。
- 住民税:前年の所得にかかる住民税は、退職後に自分で納めることになる場合があります。まとまった額になるので、退職前に見通しを立てておいてください。
- 所得税:開業した年の所得は、翌年に確定申告をします。会社員だった期間の給与は、退職時に受け取る源泉徴収票を使います。紛失しないように保管してください。
これらの合計が、独立後に毎月必要になる固定的な支出の大きな部分を占めます。具体的な金額は、手取り計算ツールで、売上ごとの税・保険料を確認できます。独立の時期を決める前に、一度試算しておくと、貯金がどのくらい必要かの見当がつきます。
この記事の限界・注意点
- 失業手当の受給資格、給付日数、基本手当日額、給付制限の有無は、雇用保険の加入期間、年齢、離職理由によって変わります。この記事では個別の額を断定していません。
- 再就職手当や受給期間の特例の運用には幅があります。ハローワークの窓口で、自分の状況を伝えて確認してください。
- この記事の一部は、民間の解説記事(二次情報)に基づきます。制度の細かい要件は、厚生労働省・ハローワークの最新の案内で確認してください。
- この記事は法律・税務の助言ではありません。個別の判断は、ハローワークや税理士に相談してください。