取引先から「インボイス登録して」「しないなら値下げ」と言われたときの対応
取引先から「インボイスに登録してほしい」「登録しないなら報酬を下げる」と言われたときは、まず相手が実際にどのくらい困るのかを数字で把握し、そのうえで「登録する」「登録せず条件を話し合う」のどちらかを選ぶのが基本です。感情的に断る必要も、言われるままに受け入れる必要もありません。
免税事業者への報酬から、取引先が控除できない消費税の割合は、経過措置で段階的に増えます(国税庁の令和8年度税制改正の案内では、令和8年10月から70%控除、令和10年10月から50%、令和12年10月から30%、令和13年10月以降は控除なし)。この記事では、その数字を使った負担額の試算、独占禁止法・取適法・フリーランス法の考え方、実際に使える文面例、価格転嫁の計算までまとめます(2026年10月7日確認)。
なぜ取引先は「登録してほしい」と言うのか?
取引先(課税事業者)は、売上で受け取った消費税から、仕入れ・外注費で支払った消費税を引いて納税します。この「引く」仕組みが仕入税額控除です。インボイス制度では、原則として、インボイス(適格請求書)を保存していないと仕入税額控除ができません。
あなたがインボイスを発行できない免税事業者のままだと、取引先は、あなたに支払った報酬のうち消費税の部分を、全額は控除できなくなります。控除できなかった分は、そのまま取引先の納税額の増加(コスト)になります。だから、取引先は「登録してほしい」「登録しないなら報酬を下げたい」と考えるわけです。
ただし、これは取引先の事情です。あなたが応じるかどうかは、あなたの事情と取引の重さで決めればよく、感情的な対立は不要です。まず、相手の負担が実際にどの程度なのかを知ることから始めましょう。
仕入税額控除の経過措置:免税事業者からの仕入れはどこまで控除できる?
制度が始まってすぐに控除が全くできなくなるわけではありません。免税事業者などからの課税仕入れについては、インボイスがなくても、一定割合を仕入税額として控除できる経過措置があります。国税庁は、この経過措置の対象期間を「令和5年10月1日から令和13年9月30日まで」と案内しています。令和8年度税制改正で、割合と期間が次のように見直されました。
| 期間 | 控除できる割合 | 控除できない割合 |
|---|---|---|
| 令和5年10月1日〜令和8年9月30日 | 80% | 20% |
| 令和8年10月1日〜令和10年9月30日 | 70% | 30% |
| 令和10年10月1日〜令和12年9月30日 | 50% | 50% |
| 令和12年10月1日〜令和13年9月30日 | 30% | 70% |
| 令和13年10月1日以降 | 0%(控除不可) | 100% |
国税庁の令和8年度税制改正特集では、この見直しを「7・5・3割控除」と呼んでいます。さらに、この経過措置には上限があります。1つの免税事業者等からの課税仕入れの税込金額の合計が年(事業年度)で10億円を超える場合、超えた部分は経過措置の対象外とされており、令和8年10月1日以後に開始する課税期間については上限が1億円に引き下げられます。個人のフリーランスへの報酬がこの上限に達するケースは通常ありません。
経過措置の適用を受ける取引先は、免税事業者等から受け取った請求書等を保存するほか、帳簿に経過措置の適用を受ける旨(「80%控除対象」など)を記載する必要があります。細かい記載方法は、国税庁の案内で確認してください。
以前の制度では、令和8年10月から令和11年9月まで50%控除、とされていました。令和8年度税制改正で、令和8年10月から2年間は70%、その後2年間は50%、さらに1年間は30%という形に見直されています。古い解説記事の数字と食い違っている場合は、国税庁の最新の案内を確認してください。
取引先の負担はいくら?消費税10%・取引100万円の試算
税抜100万円の取引では、消費税(10%)は10万円です。この10万円のうち、経過措置の割合に応じて控除できず、取引先が負担する額は次のとおりです。
| 期間 | 控除できる額 | 取引先の負担(控除できない額) | 報酬に対する割合 |
|---|---|---|---|
| 〜令和8年9月(80%) | 8万円 | 2万円 | 2% |
| 令和8年10月〜令和10年9月(70%) | 7万円 | 3万円 | 3% |
| 令和10年10月〜令和12年9月(50%) | 5万円 | 5万円 | 5% |
| 令和12年10月〜令和13年9月(30%) | 3万円 | 7万円 | 7% |
| 令和13年10月以降(0%) | 0円 | 10万円 | 10% |
取引が年間600万円(税抜)であれば、消費税は60万円です。令和8年10月から令和10年9月までは年間18万円(60万円×30%)、令和10年10月以降は30万円、令和12年10月以降は42万円を、取引先が追加で負担します。こうして見ると、「今は小さくても、数年後には無視できない金額になる」という取引先の心配も理解できます。
税込100万円の取引で考える場合は、消費税額は100万円×10/110=約9万909円です。この9万909円に上の控除できない割合を掛けて計算します。
取引先の立場別に、影響は異なる
- 課税事業者(本則課税):上の表のとおり、負担が生じます。
- 簡易課税の事業者:仕入れの実額ではなく、売上税額にみなし仕入率を掛けて控除額を計算するため、あなたが登録しているかどうかで納税額は変わりません。
- 免税事業者:そもそも消費税を納めていないため、影響はありません。
- 消費者:影響はありません。
「取引先が簡易課税なのに、登録を頼んでくる」ということもあり得ます。この場合は、相手に事情を聞いたうえで、本当に必要なのかを確認してみてください(相手側の事情は、取引先の経理に確認するのが確実です)。
登録する場合と、しない場合の損得を並べて比べる
税抜100万円の案件で、取引先とあなたの手取りがどうなるかを、令和8年10月〜令和10年9月(取引先の控除70%)の条件で比べます。あなたは免税事業者から登録する個人で、令和9・10年分の3割特例、または令和8年分の2割特例を使うと仮定します。
| 選択 | あなたの手取りの変化 | 取引先の実質コスト |
|---|---|---|
| 登録しない・価格据え置き(税込110万円) | 変化なし(消費税10万円は手元に残る) | 103万円(110万円−控除7万円) |
| 登録する・価格据え置き(税込110万円) | 2割特例なら2万円、3割特例なら3万円の減少 | 100万円(消費税10万円を全額控除) |
| 登録する・2割特例分を価格に上乗せ(税込約112万円) | ほぼ変化なし | 約101.9万円 |
| 登録しない・取引先のコストが100万円になる水準まで値下げに応じる(税抜約97.1万円、税込約106.8万円) | 3万円強の減少 | 100万円 |
この試算からは、いくつかのことが読み取れます。
- 登録しないまま値下げを受け入れると、あなたの減少額(約3万円)は、登録して3割特例で納税する場合(約3万円)とほぼ同じ水準です。2割特例なら、登録したほうが減少額は小さくなります。
- 取引先にとっても、「登録してもらい、納税分の一部を価格に反映する」ほうが、登録なしで控除70%のまま取引するより低コストになる場合があります。交渉材料になります。
- 取引先の負担は令和10年10月以降に増えます。取引条件の見直しは、その時期を見越して話し合うのが現実的です。
独占禁止法・取適法・フリーランス法の考え方
取引先は強い立場にあるため、一方的に条件を決められると不安になります。公的ルールでどこまで守られているのかを整理します。
公正取引委員会のQ&A:問題となる場合・ならない場合
公正取引委員会は、財務省・経済産業省・中小企業庁と連名で「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」を公表しています。主なポイントは次のとおりです(原文の表現は公式ページで確認してください)。
- 課税事業者になるよう要請すること自体は、独占禁止法上問題ありません。ただし、課税事業者にならなければ取引価格を引き下げる、それにも応じなければ取引を打ち切る、といった一方的な通告は、優越的地位の濫用として問題となるおそれがあります。
- 取引価格の引下げ:仕入税額控除が制限される分について、双方が納得したうえで取引価格を設定した場合は、結果的に価格が下がっても問題ありません。問題になるのは、仕入側の都合のみで著しく低い価格を設定し、免税事業者が仕入れの際に支払っていた消費税額も払えないような価格にする場合などです。
- 課税事業者に転換した後の据置き:課税事業者になった後に、価格転嫁の協議をしないまま価格を据え置く、協議の求めに応じないまま一方的に代金を決める、といった行為は、優越的地位の濫用や買いたたきとして問題となり得ます。
- 受領拒否・返品:免税事業者であることを理由に商品の受領を拒否するのは、優越的地位の濫用として問題となります。
- 取引停止:著しく低い取引価格を設定して不当に不利益を与え、これに応じない相手との取引を停止した場合は、問題となる可能性があります。
要するに、「協議」と「双方の納得」がキーワードです。取引先は、免税事業者の事情を聞かずに、一方的に値下げや取引停止を通告してはなりません。
下請法は取適法へ(令和8年1月1日施行)
下請法は「中小受託取引適正化法」(取適法)に改正され、令和8年(2026年)1月1日に施行されました。公正取引委員会の特設ページでは、主な変更点として次の内容が案内されています。
- 中小受託事業者から価格協議の求めがあったのに、委託事業者が協議に応じない、必要な説明をしないなど、一方的に価格を決定する行為を禁止
- 手形払いの原則禁止など、支払方法の厳格化
- 資本金基準に加えて、従業員数基準(製造委託等は300人、役務提供委託等は100人)を追加
あなたの取引が取適法の対象になるかどうかは、委託事業者の資本金や従業員数、取引の内容などで決まります。対象かどうかの判断は難しいため、公正取引委員会や中小企業庁の相談窓口で確認するのがよいでしょう。
フリーランス法(令和6年11月1日施行)
特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)は、従業員を使用しない個人(または代表者1人だけの法人)が業務委託を受ける場合に、発注事業者に次の義務を課しています。
- 業務委託をしたら、直ちに取引条件(業務内容、報酬額、支払期日など)を書面または電磁的方法で明示する
- 報酬は、給付を受領した日から60日以内のできる限り短い期間内に支払う
- 1か月以上の業務委託では、受領拒否、報酬の減額、返品、買いたたき、購入・利用強制、不当な経済上の利益の提供要請、不当な給付内容の変更ややり直しなどが禁止される
契約後に、インボイスの有無を理由として報酬を一方的に減らすことは、「報酬の減額」に当たる可能性があります。取引条件の変更は、双方の合意にもとづいて行う必要があります。ただし、個別の事案が法律違反になるかどうかは、事実関係で判断が変わります。迷う場合は、公正取引委員会やフリーランス向けの相談窓口に相談してください。
対応の進め方:5つのステップ
- 相手の要望を整理する:登録の依頼なのか、値下げの要求なのか、いつまでに必要なのかを確認します。口頭だけの場合は、メールなど文面で残します。
- 取引先の負担額を試算する:前述の表を使い、年間取引額に対する負担を計算します。相手が簡易課税かどうかも聞いてみましょう。
- 自分の登録時の負担を試算する:インボイス登録シミュレーターで、2割特例・3割特例・簡易課税・本則課税の納税額を比べます。
- 選択肢を決める:登録する、登録せず条件を協議する、取引を見直す、のどれかを選びます。取引先ごとに判断を変えても構いません。
- 合意内容を文面で残す:価格、適用開始時期、見直しのタイミングを、メールや契約書に記録します。受託契約・発注時の確認チェックを使うと、確認漏れを減らせます。
登録する場合:値上げ交渉の文面例
登録することが決まったら、納税分の一部を価格に反映する相談を併せて持ちかけることができます。文面は取引メッセージ文面ジェネレーターでも作れますが、基本形を示します。
【例1】登録を伝え、価格改定を相談する場合
いつもお世話になっております。〇〇です。
インボイス制度への対応について、〇月〇日付で適格請求書発行事業者の登録を完了しました。登録番号はT〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇です。今後の請求書には、この番号を記載いたします。
登録に伴い消費税の納税が発生するため、〇月分のご依頼から、報酬の改定(税抜〇〇円→〇〇円)をご相談させていただけないでしょうか。納税額の試算を添付しますので、ご確認いただけますと幸いです。ご都合のよい日時に、一度お話しさせてください。
【例2】登録を依頼され、価格据置きでの対応を打診された場合
ご連絡ありがとうございます。登録の件、前向きに検討しております。
登録すると消費税の納税が生じるため、現在の報酬のままでは、実質的な手取りが減る形になります。つきましては、登録後の報酬について、納税分を踏まえた形でご相談できればと考えております。お手数ですが、貴社の予算や事情もお聞かせください。
価格転嫁の計算例
登録後の納税額を、手取りを維持できるように価格へ反映する場合の目安です。税抜売上500万円(税込550万円)、課税仕入れ100万円(税抜)の例で、現在の受取総額を維持するために必要な値上げ率を計算します(所得税などの影響は考慮しない概算です)。
| 方式 | 納税額 | 手取り維持に必要な値上げ率(税込ベース) | 取引先の実質コスト(税抜100万円あたり) |
|---|---|---|---|
| 2割特例(〜令和8年分) | 10万円 | 約1.85% | 約101.85万円 |
| 3割特例(令和9・10年分) | 15万円 | 約2.80% | 約102.80万円 |
| 簡易課税(第5種) | 25万円 | 約4.76% | 約104.76万円 |
| 本則課税(課税仕入れ20%) | 40万円 | 約7.84% | 約107.84万円 |
2割特例や3割特例を使える間は、値上げ幅が小さくて済みます。令和8年10月〜令和10年9月に取引先が免税事業者から仕入れる場合の実質コスト(103万円)と比べると、2割特例(約101.85万円)や3割特例(約102.80万円)の分を価格に反映しても、取引先のコストは増えません。簡易課税を使う令和11年分以降は、取引先の控除が50%以下になるため、免税事業者のままでいる場合の取引先のコスト(105万円以上)と、さらに比較しやすくなります。
実際の値上げの検討には、値上げシミュレーターで、値上げ後の収支を確認してみてください。
登録しない選択をする場合の説明の仕方
登録しないと決めた場合は、相手を責めず、事情と提案をセットで伝えると話が進みやすくなります。
【例3】登録しない意向を伝え、協議を求める場合
インボイス登録の件、ご連絡ありがとうございます。検討の結果、現時点では登録を見送ることにいたしました。理由は、消費税の納税と事務負担が、売上規模に対して大きいためです。
貴社の仕入税額控除に影響が出ることは理解しております。経過措置により、当面は一定割合を控除いただけると認識しています(詳細は国税庁の案内をご確認ください)。この点を踏まえ、取引条件をどのように調整できるか、一度ご相談させてください。
【例4】一方的な値下げの通知に返信する場合
〇月〇日付の報酬改定のご連絡を拝見しました。突然のお知らせで驚いております。
改定の根拠となる貴社の負担額の試算をお教えいただけますか。経過措置の控除割合を踏まえると、〇%程度の調整が妥当と考えております。双方が納得できる水準を、あらためて協議させてください。なお、協議の結論が出るまでは、現行の条件での取引を継続したく存じます。
伝えるときのポイントは次のとおりです。
- 「できない」ではなく「現時点では見送り、条件を相談したい」という姿勢にする。
- 相手の負担の大きさを理解していることを示す。
- 代替案(値下げ幅の調整、段階的な見直し、時期を区切った再協議)を出す。
- 協議の経緯を、メールなど文面で残す。
やってはいけないこと
- 登録番号を持っていないのに、請求書に番号を記載する:登録していない事業者が、インボイスと誤認させる書類を交付することは認められていません。
- 口頭だけで合意する:後でトラブルになった際、証拠が残りません。
- 免税事業者のまま「消費税」を別建てで請求する:扱いは国税庁の「インボイス制度において事業者が注意すべき事例集」などで確認してください。
- 相手の事情を聞かずに断る:取引先の負担が小さいか、あなたが登録した場合の負担が小さいか、確認したうえで決めましょう。
- 不利な条件を、疑問のまま受け入れる:一方的と感じたら、公正取引委員会や相談窓口に相談できます。
契約書・発注書で確認しておく項目
インボイスに関する条件は、契約や発注書に残しておくと安心です。受託契約・発注時の確認チェックには、次のような項目があります。
- 報酬額が税抜か税込か、消費税の扱い
- インボイス登録の有無と、登録番号の記載
- 登録状況が変わったときの通知義務と、価格の見直し方法
- 支払期日と、請求書の発行方法
- 報酬を変更する場合の協議のルール
この記事の限界・注意点
- 経過措置の割合と期間は、2026年10月7日時点で国税庁の令和8年度税制改正特集などで確認した内容です。実際の適用の要件(請求書の保存、帳簿の記載など)は、国税庁の案内で確認してください。
- 法令の適用(独占禁止法、取適法、フリーランス法)は、事実関係で判断が変わります。この記事は一般的な説明で、個別の事案が違法かどうかを判断するものではありません。
- 文面例は、あくまでも例です。実際の事情に合わせて修正してください。
- 価格転嫁の計算は、所得税・住民税などの影響を除いた概算です。